忍者ブログ
株式会社作州屋のCEOもどき、マナちゃんことモノノフの糞ボーカル尼子民部が無駄にホザきまくってます。
[39]  [38]  [37]  [36]  [35]  [34]  [33]  [32]  [30]  [29]  [28
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 ふと、夢から覚めるともう、朝の七時過ぎ。
 少し肌寒いなぁと思いつつも、澱んだ空気を入れ替えるべく部屋の窓を開けると、あたり一面が山の鋭気を湛えた厚い霧に包まれていたのです。



 そう、作州は山霧の國。
 何百年と、変わらぬ朝の風景。
 僕はその風景を心に満たそうとするが如く、大きく深呼吸をしました。
 この朝はとても清々しい気持ちになりました。
 毎日、この空気を吸える人は贅沢だなぁと思います。
 大阪なんかで大きく深呼吸なんかしてたら、清々しい気持ちどころか、むせ返った上に肺ガンになりそうな気がします(笑)
 
 そして、美味しい朝食を済ませ、いざ、法事へ!!


尼子とお母ちゃん

 タイトルに法事と書きながら、グダグダと法事の事を書いても、何も面白くは無いので、書きません。
 しかし、一言だけ書くとすれば、昔からの伝統や風習を軽んじる昨今ですが、ご先祖様を敬う気持ちだけは日本人であるのであれば、絶対に捨ててはならないと思います。

 そして、法事後の打ち上げ(と言うのか?)で、面白い話がいっぱい聞けました。
 特に興味深かったのがK山のおじさんの話で、山中鹿之助の甲冑の事でした。
 何と小さい時にその兜をかぶった事があるんだとの事!!
 もうその話に興奮も興奮。
 この打ち上げの前にお爺さんのお墓の帰りに、本家のお墓にも立ち寄った時に、N兄ちゃんから「尼子一族」であると言う事が本家の墓にも書かれていたとの証言も得れて、亡くなる前にお爺さんが言っていたのは本当だったのだと。
 上月城が何とかかんとかとお爺さんが言っていた話も本当(?)だったのだと。
 鹿之助一行は上月落城後に毛利に投降して縛についたと言うのが、定説なのですが、何と実は作州街道から出雲へ逃げようとしたらしいのです!
 しかし一行は無念にも途中で毛利の落武者狩りに引っ掛り、捕縛され備中川を経て毛利輝元の本陣であった備中松山城に連行される途中で卑怯にも騙し討ちをされたと言う話。
 この話の信憑性はともかく、面白かった。
 ますます、自分のルーツ調べに改めて気合が入った次第です。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
自己紹介
俗名:
尼子 民部少輔 良久 (本名: 真鍋 良作)
没後:
本年で 524 回忌を迎えました
性別:
非公開って事はオカマか?
没年:
1492/11/29
生業:
悪代官
世を忍ぶ性癖:
城址探訪(登山)・読書・沐浴・読経・写経
鉄道系(旅鉄、乗り鉄)・そして、バンドなど色々デス
つまり、お主は何者じゃ?:
三十路を半ばの、ただの戦国オタク+医学オタク+鉄道オタクです。

が、亡くなったじいちゃん曰く、僕は雲州尼子一族の末裔らしいです。

昔から変わらずヘンコらしく、周囲の人達から常に変質者扱いをされております。
このお陰で、嫁取り合戦にかなり乗り遅れ、もう結婚は絶望視しております(笑)

越後屋さん御用達のおまんじゅうの箱の底に敷き詰められた、やまぶき色に輝くお菓子が特に好物です。

生業は身分不相応ですが、高度医療を扱う部門と、中古パソコンの卸部門の二本柱の会社をば経営させて貰ってます。

密かにバンドもやったりしてます。
ジャンルは、戦国(落武者)メタルです。
クソ重たい甲冑を着てライブしてます(笑)
バンドや会社の詳細は下記リンクよりどうぞ。
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
(11/13)
(11/10)
(10/15)
(10/11)
(07/04)
ブログ内検索
フリーエリア
バーコード
最新トラックバック
忍者ブログ [PR]